誰でも煙草を吸い始めるきっかけがあるはずです。先ほど、管理人のごあいさつでも書いたように、40歳にもならない私が、20年以上煙草を吸っていると言うのはおかしな話です。まったく計算があいませんが、正直に申しますと、こう言う人は結構いると思います。煙草は20歳からと法律で決まっていますが、実際、それを守れている人って結構少ないのかもしれませんね。私も正直申し上げて、中学3年生の時から吸い始めました。って法に触れることですから書きたくないのですが、ここは正直に書かないと面白くないので包み隠すことなく書いてみたいと思います。
しかし、今思い出してみると友達という友達のほとんどが、その頃から吸っていましたね。吸ってなかった友達のほうが少なかったと思います。って自分を正当化したいのではなくホントの話です。たぶん、多くの人は中学生ぐらいの好奇心がある頃から吸い出すのではないでしょうか。
これは私の場合ですが、中学生の頃は運動部で3年間がんばっていました。しかし、3年生になると部活は夏休みまでで、残りの2・3学期は、受験勉強の期間ですが、私の場合は受験勉強どころか、何かに開放されたかのように遊びに夢中になりだした時期でした。ちょうど、その頃から夜遊びしたりして、ちょっと違う道に足を踏み入れることになりました。
いつも遊ぶグループの中には、年上の先輩もいたので、先輩たちは高校生だし既に煙草のプロフェッショナルです。もちろん、自分から吸いたい気持ちはなかったのですが、勧められるまま好奇心とちょっとした憧れに後押しされて吸ってみました。
当時は、タスポなんてないですから、中学生だろうがお金さえあればどこででも煙草を買うことができました。ですから、煙草を手に入れることに困ったことはないですが、いまの中学生はどうしてるんだろうなんて思うこともあります。って自分を基準に考えてしまったけど、中学生は煙草が吸えなくて当たり前だから何も悩む必要はないのですけど。
はじめて煙草を吸った感想はと言うと、とてもじゃないですが美味しいと言えませんでした。正直にがいし吸うと頭がクラクラするようで、気持ちが悪い気がしました。普通なら煙草なんて2度と吸わないとなるところが・・・・・・
今おもえば初めの頃って、あの何だか苦い味と気分が悪くなるようなクラクラ感を、我慢しながら吸っていたような気がします。煙草が吸いたいとか美味いとか思い初めたのは、もっともっと後からの話で、吸い始めたころは正直言って苦痛とも言えるようなものだったと思います。
ではなぜそのような苦痛とも思える行為を続けてしまったのか? これはまわりに流されていた以外に言いようがありません。ただ友達はみんな吸っているから、そこでは吸っている方が普通だったのです。それともうひとつ煙草を吸っているとかっこいいと言うような気持ちもあったのでしょう。
よく考えてみるとはじめの頃は、自分の意思で吸いたいから吸っていたのではなくて、人や世間に流されて喫煙を繰り返しているうちに、ニコチンによる中毒症状で吸いたい気持ちや美味しいとか落ち着くとか言う錯覚に振り回されているのです。
だから、私たちが好きな食べ物や美味しい食べ物を食べたいと言う純粋な気持ちとは違って、吸っているうちに洗脳されているというかコントロールされているのですね。自分の意思で煙草を吸っているようで、実は吸わされていたと言うことです。
人それぞれ吸い始めたきっかけは違うと思いますが、初めて煙草を吸った時に美味しいとか落ち着くとか、心のそこから思う人っていないような気もします。吸い始めるきっかけはみんな違うけど、なんだかまわりに流されているうちに煙草を吸い続けていたと言うところは、みんな一緒のような気もしますね。
だから禁煙を考えている人は、このようなことを理解しておくと気持ちの持ちようも変わってくるはずです。ホントはすごい意味のない行動を繰り返していたことに気付くと煙草を吸うことが馬鹿馬鹿しくも思えます。煙草から気持ちが離れるよいきっかけになるかも知れません。
私がはじめて吸った煙草は、セブンスターでした。1つ年上の先輩に薦められて吸ってみたのですが、それはもうマズイとしか言いようがありませんでしたね。どちらかと言うと我慢して吸っていたと言う方がしっくりくるぐらいですね。
でも、マズイ煙草をうまいと言って我慢しながら吸っていたんですよ。マズイんだけど口に出してマズイって言うのが恥ずかしく思っていましたね。不思議ですが、中学生や高校生の子供が煙草をうまいって自分に言い聞かせながら吸っていたんです。バカですよね。
とにかくセブンスターは、ニコチンもタールもきつい煙草だったので、はじめて吸う煙草にしては刺激が強かったのかも知れません。
その後、自動販売機で販売されている煙草は、ほとんど吸った経験があると思います。自分にあう煙草はどれなのか、いろんな煙草を試してみましたが、正直言って心のそこから美味しいって感じたことは一度もありません。
しかし、インドネシアの煙草でガラムと言うのを1本もらった時、ちょっと驚いた。火をつけるとバチバチと音を立てて、口をフィルターにつけると甘い不思議な感覚だった。
でも、販売機ではガラムがなかったので、少しはなれた葉巻などを売っている煙草の専門店らしき所まで足をはこぶのが楽しかった想い出があります。
いろいろ自分に合う煙草がないのか探していましたが、結局これと言う煙草がなくて、最終的にはマイルドセブンに落ち着きました。これには一様わけがあって、マイルドセブンは親父が吸っていた銘柄だったので、自宅にいつもカートンがあったからです。お金がない時もカートンから拝借してましたので、そんな流れでマイルドセブンに落ちついたのだと思います。
禁煙が困難と思われていた喫煙者を数々成功に導いた、禁煙カウンセラーの中村 幸也さん。実績が評価されて禁煙マニュアルランキングで堂々の1位に・・・・
誰でも煙草を吸い始めるきっかけがあるはずです。先ほど、管理人のごあいさつでも書いたように、40歳にもならない私が、20年以上煙草を吸っていると言うのはおかしな話です。まったく計算があいませんが、正直に申しますと、こう言う人は結構いると思います。煙草は20歳からと法律で決まっていますが、実際、それを守れている人って結構少ないのかもしれませんね。私も正直申し上げて、中学3年生の時から吸い始めました。って法に触れることですから書きたくないのですが、ここは正直に書かないと面白くないので包み隠すことなく書いてみたいと思います。
しかし、今思い出してみると友達という友達のほとんどが、その頃から吸っていましたね。吸ってなかった友達のほうが少なかったと思います。って自分を正当化したいのではなくホントの話です。たぶん、多くの人は中学生ぐらいの好奇心がある頃から吸い出すのではないでしょうか。
これは私の場合ですが、中学生の頃は運動部で3年間がんばっていました。しかし、3年生になると部活は夏休みまでで、残りの2・3学期は、受験勉強の期間ですが、私の場合は受験勉強どころか、何かに開放されたかのように遊びに夢中になりだした時期でした。ちょうど、その頃から夜遊びしたりして、ちょっと違う道に足を踏み入れることになりました。
いつも遊ぶグループの中には、年上の先輩もいたので、先輩たちは高校生だし既に煙草のプロフェッショナルです。もちろん、自分から吸いたい気持ちはなかったのですが、勧められるまま好奇心とちょっとした憧れに後押しされて吸ってみました。
当時は、タスポなんてないですから、中学生だろうがお金さえあればどこででも煙草を買うことができました。ですから、煙草を手に入れることに困ったことはないですが、いまの中学生はどうしてるんだろうなんて思うこともあります。って自分を基準に考えてしまったけど、中学生は煙草が吸えなくて当たり前だから何も悩む必要はないのですけど。
はじめて煙草を吸った感想はと言うと、とてもじゃないですが美味しいと言えませんでした。正直にがいし吸うと頭がクラクラするようで、気持ちが悪い気がしました。普通なら煙草なんて2度と吸わないとなるところが・・・・・・
今おもえば初めの頃って、あの何だか苦い味と気分が悪くなるようなクラクラ感を、我慢しながら吸っていたような気がします。煙草が吸いたいとか美味いとか思い初めたのは、もっともっと後からの話で、吸い始めたころは正直言って苦痛とも言えるようなものだったと思います。
ではなぜそのような苦痛とも思える行為を続けてしまったのか? これはまわりに流されていた以外に言いようがありません。ただ友達はみんな吸っているから、そこでは吸っている方が普通だったのです。それともうひとつ煙草を吸っているとかっこいいと言うような気持ちもあったのでしょう。
よく考えてみるとはじめの頃は、自分の意思で吸いたいから吸っていたのではなくて、人や世間に流されて喫煙を繰り返しているうちに、ニコチンによる中毒症状で吸いたい気持ちや美味しいとか落ち着くとか言う錯覚に振り回されているのです。
だから、私たちが好きな食べ物や美味しい食べ物を食べたいと言う純粋な気持ちとは違って、吸っているうちに洗脳されているというかコントロールされているのですね。自分の意思で煙草を吸っているようで、実は吸わされていたと言うことです。
人それぞれ吸い始めたきっかけは違うと思いますが、初めて煙草を吸った時に美味しいとか落ち着くとか、心のそこから思う人っていないような気もします。吸い始めるきっかけはみんな違うけど、なんだかまわりに流されているうちに煙草を吸い続けていたと言うところは、みんな一緒のような気もしますね。
だから禁煙を考えている人は、このようなことを理解しておくと気持ちの持ちようも変わってくるはずです。ホントはすごい意味のない行動を繰り返していたことに気付くと煙草を吸うことが馬鹿馬鹿しくも思えます。煙草から気持ちが離れるよいきっかけになるかも知れません。